TRAD JAZZ SPIRIT 現代に息づく「古代ジャズ」の精神

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 前号で予告していた通り、今回は現代を代表するジャズ・ピアニスト、ジェイソン・モランについて大いに語ろうじゃないか! その実力に比して、日本で紹介されることの少ないこのピアニスト(みんな大好きなブルーノート所属なのに!?)。その理由は簡単だ。トラディショナルなジャズをもきちん消化した彼のスタイルは、未だにビーバップ以降から語ろうとする教養の低い評論家が捉えきられる訳ないもん。

 1975年テキサス州ヒューストン生まれのモラン。テイラス・マティーン(b)、ナシート・ウェイツ(ds)とのレギュラートリオ「バンドワゴン」や、チャールズ・ロイド(sax)とのデュオ作(ECM)などでも注目を集めている。高い芸術性を持ちあわせ、ときにリリカルなピアノを響かせるモランは、30代ながら現代最高峰のピアニストとして君臨。その一方、ハリボテのおっさんのお面を嬉々として被って演奏することもしばしば。まるで、ビートたけしの振り子理論を思わせる。お笑いと芸術を相反するものとしてきた日本のジャーナリズムが、そんな彼にとまどうのも無理はない。実際、スリム・ゲイラードやルイ・ジョーダンをはじめ、日本の評論家がジャズ史から抹殺した偉大なミュージシャンは枚挙に遑がない。コミカルでアーティスティックな表現だってあるのに!

 ジェイソン・モランを語る上で外せないピアニストがいる。それが1920年代からハーレムで活躍していたファッツ・ウォーラーだ。私がこの両者の関係に興味を抱いたのはひょんなきっかけである。BGMで流れていたセロニアス・モンクの「Friday the 13th」を何気なく聴いていたときのこと。「いや~、やっぱモンクはええなあ」などとうっとりしながら聴いていたのだけれど、よく聴けばモンクのピアノじゃない。というか、モンクよりもさらに古いスタイルだ。まるでファッツ・ウォーラー…。しかし、この曲が発表された1954年、ウォーラーはすでに他界している。そう、このピアニストこそ、ジェイソン・モランであった。

 勘の良い方ならもうお分かりだろう。モランが被っているハリボテは、ファッツ・ウォーラーのお面というわけだ。そして、その影響を隠すことなく聴かせてくれる演奏がモラン編曲によるエリマージの「For You (For Who?)」という曲。この演奏はウォーラー作の「浮気はやめた(Ain’t Misbehavin’)」を題材に大胆なアレンジがなされているのだが、これはもはやリミックス、否、二つの違う曲が交差するマッシュアップと言いたくなるような現代的な手法を想起させてくれる。が、その根底に流れているのはジャズな精神とウォーラーへの愛情に他ならない。ちなみにこのバージョンは、エリマージにも参加しているクリス・ターナー(vo)のソロ作でもカヴァーされている。どちらも手法としては新しいが、ロバート・グラスパー(p)がジャズの領域を拡張させるかのような演奏を繰り広げているのに対して、モランは深く潜り込んでジャズの深奥を魅せてくれるような演奏と評したくなる。それが従来のジャズ・ファンにも訴えたい彼の魅力でもあるのだ。

 モランのウォーラー愛は、サイドメンとして参加しているエリック・レヴィス(b)のアルバム、『Parallax』でも聴かれる。ここではウォーラーの名演で知られる「手紙でも書こう(I’m Gonna Sit Right Down & Write Myself a Letter)」を、シカゴのフリー系サックス奏者ケン・ヴァンダーマークを迎えたカルテットで演奏している。マイルス・クインテット「Nefertity」のショーターを思わせるかのように、徐にテーマを吹き出す奇才に導かれてバックはひたすらインとアウトを繰り返す。20年代のハーレムを思わせるスウィンギーな4ビートからわずか8小節でAACM的なフリーキーな世界まで飛んでいく時間旅行。そんな演奏はまさにこの4人でしか創造し得ない。
 
 このアルバムではトラッド・ジャズな視点から語りたい曲がもう一曲ある。ニューオリンズが生んだもう一人のスーパースター、ジェリー・ロール・モートン作曲の「Winin’ Boy Blues」。この曲を4人はアグレッシヴ過ぎる2ビートで押し通す。その心はアトランティック盤ジョージ・ルイス(cl)だろう。本家の演奏は、ルイス生涯唯一のオリジナル曲「Burgundy street blues」と同じくワン・ホーンで奏でられる。極限まで贅肉を削ぎ落とされたニューオリンズ・ジャズのクラリネット奏者としての美意識が感じられる怪演。そんな大先輩に敬意を払ったのか、ロックはおろかヒップ・ホップも取り入れてなんぼが当たり前の昨今にダサいビートの代表格、2ビートをレヴィスは採用する。しかし、これがなんともめちゃくちゃ新しく聴こえてしまう。ビートがダサくても創意工夫でなんとでもなるのがジャズなのか、そもそも2ビート自体が古臭いものじゃないのか。どちらも正しそうにみえて、よくわからん。そうした二律背反したものを持ち合わせている芸術こそがジャズなのか。しかし、モランたちの演奏を聴いていると2ビートを古臭いと思う心がダサいのよ、と言われているような気もしてくる(汗)。

 さて、ここからはモラン以外にもトラディショナルなジャズを消化したミュージシャンを紹介していきたい。遠くニューオリンズ・ジャズを睨んだミュージシャンは他にもいる。

 エリック・レヴィスと同じくニューオリンズ大学でエリス・マルサリス(p)に師事したジョン・エリス(ts)がその代表格だ。現代の一筋縄でいかないジャズを演奏するサックス奏者で、本誌6月号で特集された『MOBRO』をはじめ物語性のあるアルバムを得意とする彼は、隙あらばニューオリンズ・ジャズ的な集団即興を披露する。それもモランと同じく「~風」に止まらないクオリティの高い演奏だ。また、ニューオリンズ・テイスト溢れる自身のバンド「ダブル・ワイド」ではパーカーやコルトレーンが存在しなかったら、ニューオリンズ・ジャズはこうなっていたんじゃないか、というような独自の発展形をみせてくれる。ジャズ史外伝と呼びたくなるような不思議な印象のバンドだ。

  ニューオリンズ・ジャズを出発点にそれを発展させたようなスタイルと言えば、ジョナサン・バティスト(p)も抑えておきたいミュージシャンだ。モンク曲やスタンダードに混じって、ジミヘンでお馴染みのアメリカ国歌「Star Spangled Banner」を無邪気に弾き倒したかと思うと、前世紀に流行した「Entertainer」を現代的な感覚で聴かせてくれる。モランがハーレム・ピアノ直系のストライド・ピアノだとしたら、こちらクラシックの影響濃いジャズ以前の大衆音楽、ラグタイム・ピアノを得意としているようだ。バティストのミクスチャー感覚は原初的で古臭くも感じられるが、その無理のない演奏は「現代ジャズ」と表される一派と同じく必然性と新しさを感じさせてくれる。一昔のフュージョンと違い何より精神性が新しいのだ。そして、ニューオリンズという街が昔からもっているような、あらゆる音楽を序列なく横並びにさせてしまうパワーが感じられるのも彼の魅力の一つだ。

 そして、最後に忘れてならないのが、ニューオリンズ・ジャズの総本山、プリザベーション・ホール・ジャズ・バンドが放った新作『THAT’S IT』だ。「最高にかっこいい伝統的なニューオリンズ・ジャズを保存する」。そのことを第一義的に考えたバンドの新作は、ステレオ・タイプなイメージをぶち壊す超弩級の仕上がり。一曲目のイントロで聴かれるツイン・スーザフォンのどすの効いたフレーズはジャズの歴史や伝統すら揺るがす。だって、はっきり言って全然「ニューオリンズ・ジャズ」じゃないんだもの。しかし、この自由な精神にジャズを感じられない人がいるとしたら、「ニューオリンズ・ジャズ・ファンなんて辞めちまえ! 二度と口にすんな!」とつい汚く罵りたくなる。

  ヒップ・ホップやロック云々と言われるが、現代のジャズを読み解く鍵は、「ジャズ」にこそある。そして、連綿とつながるジャズの歴史を体現する男、本稿の主役でもあったジェイソン・モランの最新作は、ファッツ・ウォーラーをダンス音楽として蘇えらせる『JASON MORAN & MESHELL NDEGEOCELLO REINVENT THE MUSIC OF FATS WALLER ON』。座して待てよ…否、踊って待てよ、待てよジャズ・ファン!

Writer: しらき たかね

しらき たかね